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最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)82号 判決

上告人

久保田章治郎

右訴訟代理人

松本半九郎

被上告人

右代表者法務大臣

高橋等

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本半九郎の上告理由について。

思うに、自作農創設特別措置法(昭和二一年法律第四三号。以下単に自創法という。)第三条の規定に基づく買収処分により国が農地の所有権を取得した場合において、登記の欠缼を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対し、その所有権の取得を主張し対抗するためには、民法第一七七条の規定により、その旨の登記を経ることを要すると解するのが相当である。

けだし、自創法は、わが国農地制度の急速な民主化を図り、耕作者の地位の安定、農業生産力の発展を期して制定せられ、政府はこの目的達成のため、同法に基づいて公権力をもつて同法所定の要件に従い、いわゆる不在地主、大地主などの所有農地を買収しこれを耕作者に売り渡す権限を与えられている。すなわわ、政府の同法に基づく農地買収処分は、国家が公権力をもつて農地の所有者から農地の強制買上げを行うものであつて、その所有者が登記名義人であることを要せず、その限度で民法第一七七条の適用が排除されるものであることは、すでに、当裁判所の累次の判例とするところである(大法廷判決昭和二五年(オ)第四一六号、同二八年二月一八日民集七巻二号一五七頁・第三小法廷判決昭和二五年(オ)第二六七号、同二八年三月三日民集七巻三号二〇五頁、第二小法廷判決昭和二四年(オ)第三二七号、同二八年六月一二日民集七巻六号六四九頁など)が、このことといわゆる正当の利益を有する第三者に対し、国が買収処分に基づく農地の所有権の取得を登記なくして主張し対抗することができるかということとは、別個の問題であるといわねばならない。

前記買収処分に基づいて国が取得した所有権は、原則として、耕作者に対し自作農とするために売り渡され、その結果、右農地の所有権は、私法上の取引関係の対象に入ることが当然予想されるのであつて、国の取得した所有権については民法第一七七条の適用があると解するのが相当である。

このことは、自作農創設特別措置登記令(昭和二二年勅令第七九号)が自創法に基づく所有権の移転登記について特則を設け、都道府県知事の職権による嘱託に基づく特別な簡易手続(嘱託書の綴込をもつて登記簿の一部とみなすなど、同令第三条以下参照)による登記手続をすることができる旨を定めて、登記手続につき極度に画一的に簡易迅速化を期していることからも、十分推認しうるのである。けだし、かりに国が取得した農地の所有権を登記を要しないですべての第三者に対し主張し対抗しうると解するならば、このようにまで簡易迅速な手続を定める必要がないというべきだからである。

また、自創法第一一条は、「第六条乃至第九条の規定によりした手続その他の行為は、第三条の規定により買収すべき農地の所有者先取特権者質権者又は抵当権者の承継人に対してもその効力を有する。」旨規定しているが、右第一一条は農地の買収計画の樹立以降買収令書を交付し買収の効果の発生までに一連の手続を必要とするため、買収手続の途中に権利者が変動して買収手続がその効力を失うことなどによる手続の繁雑化を避けるべく、一定の限度において、すなわわ、買収の効果の発生までに権利関係の変動があつても、その承継人に対し、買収手続の効力が及ぶ旨を定めたにすぎないと解するのが相当である。

それゆえ、本件のようにすでに買収処分の効果が生じ、国が農地の所有権を取得して簡易な登記手続により所有権の取得登記しうるような場合に、買収の効果発生後その取得登記の間に(本件においては、被上告人の主張に従つても、特別の事情のないのにその間一三年以上を経過している)、登記の欠缼を主張するにつき正当の利益を有するに至つた第三者をも、同条による承継人であるとしてこれに対し国による所有権の取得の効果を及ぼす趣旨のものと解することはできないのである。

ところで、これを本件について検討するに、原判決の引用する第一審判決によると、被上告人国は、昭和二三年一二月二日訴外竹内季子所有の本件農地につき買収日時を同年一二月二日と定めて買収処分を完了したことおよび同三二年三月四日上告人は訴外人との間に本件農地につき売買予約をしたとして同年同月五日所有権移転請求権保全の仮登記をしたことは当事者間に争いがない旨を確定しているのであるから、かりに被上告人国がその主張のとおり同三七年二月一〇日所有権の取得登記をしたとしても、上告人は被上告人国に先だつて仮登記をしていて被上告人国より先順位にあることになるから、結局、被上告人国は本件農地の所有権に基づいて上告人に対し右仮登記の抹消登記手続の承諾を請求することができないことは明らかである。それゆえ、被上告人国の請求は主張自体失当として排斥を免れないところ、右請求を認容した原判決および第一審判決は失当であり、論旨は、結局、理由があるということになる。

よつて、民事訴訟法第四〇八条第一号を適用して、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、被上告人国の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については、同法第九六条、第八九条を適用し、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判官入江俊郎 長部謹吾 松田二郎)

(裁判長裁判官斎藤朔郎は死亡につき署名押印することができない。)

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